コチシュ・ゾルターン(ピアノ)/バルトーク:「戸外にて」
上の動画はこのサイト用に作成した再生リスト(YouTube)の1曲目です。そのまま全曲視聴できます。
作曲:バルトーク・ベーラ
(Bartók Béla 1881 – 1945、ハンガリー)
作品:「戸外にて」(Szabadban)BB 89, Sz.81
バルトークと「戸外にて」について
「戸外にて」は、ハンガリーを代表する作曲家バルトークが1926年に作曲したピアノのための小品5曲からなる作品です。
バルトークというと、やはり「管弦楽のための協奏曲」や「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」、あるいは6曲ある弦楽四重奏曲が有名です。
ピアノ作品についてもルーマニア舞曲や、あるいは子どものための教育的な作品がよく知られていますが、それら以外の作品については、難解でとっつきにくい、あるいは聴きづらいというイメージがつきまといがちではないでしょうか。
そんななかで「戸外にて」はバルトークの作品ではめずらしく表題がついており、それらの表題をあらわす描写的な面もあります。比較的、頭のなかで想像をめぐらせながら聴くことのできる作品ですし、ピアニストも演奏会などでとりあげることが多い作品です。
「戸外にて」が作曲されたのは1926年の夏だそうですから、バルトークが45歳の頃ということになるでしょうか。バルトークといえば、ハンガリーやルーマニアなど東ヨーロッパの民謡の採集・研究でも有名ですが、特に、こうした民謡の「語法」を分解・再生産して現代的技法として駆使し発展させた点もバルトークの偉大さを示すひとつの特徴です。
聴きどころ
「戸外にて」は5曲からなる作品です。それぞれの曲にも表題がつけられています。
1. 太鼓と笛で(Síppal, dobbal)
2. 舟歌(Barcarolla)
3. ミュゼット(Musettes)
4. 夜の音楽(Az éjszaka zenéje)
5. 狩(Hajsza)
ではここからそれぞれの聴きどころを簡潔に紹介していきましょう。
1. 太鼓と笛で(Síppal, dobbal)
太鼓と笛、と聞くと、日本人なら祭りを思い浮かべるでしょうか。
しかしここでは、ピアノで太鼓を表現するというよりは、ピアノを太鼓のように演奏する、というところがポイントです。
以前このサイトで紹介したストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲ニ調(1931年作曲)は第1楽章がトッカータです。トッカータの語源のひとつに「打つ」という意味があります。ヴァイオリンで「打つ」ような演奏を求めたストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章と同様、この「太鼓と笛で」ではピアノを打楽器として扱うような作曲がなされているのが大きな特徴です。
ではなぜ「太鼓と笛で」なのかといえば、これはハンガリーの民謡「Gólya, Gólya, Gilice(コウノトリ、コウノトリ)」のなかの歌詞を引用したものです。
ZeneOvi – Gólya, gólya, gilice (tradicionális gyerekdal) [YouTube]
https://youtu.be/dCwDLXLSwI0?si=TYio5h0F4xmdw98M
2. 舟歌(Barcarolla)
舟歌というと、ショパンやフォーレの舟歌、メンデルスゾーンの「ヴェネツィアの舟歌」、リストの「悲しみのゴンドラ」といったロマン派の作曲家による舟歌を思い浮かべることと思います。近代の時代にあって舟歌はもしかすると珍しいかもしれません。
バルトークの舟歌はなかなか不穏な響きを持っていますが、波を思わせる低音の上下動で舟歌のスタイルを踏まえているあたりは興味深いところです。
3. ミュゼット(Musettes)
ミュゼットは17~18世紀のフランスの貴族のあいだで流行した小型のバグパイプです。このミュゼットのために作曲された曲もミュゼットと題され、J・S・バッハやフランソワ・クープラン、リュリ、ラモーなどの多くの作曲家が作曲しています。多くは舞曲、特に牧歌的な雰囲気の舞曲として作曲されました。
ここでは、舞曲としてのミュゼットが持っていたリズムや、あるいは1曲目の「太鼓と笛で」でも触れた“打楽器としてのピアノ”の表現方法に注目してみるとよいのではないでしょうか。また、長い音と短い音を同時に出せるバグパイプやミュゼットの特徴、1600年代から1700年代にかけて流行した音楽をバルトークがここでとりあげた理由を探りながら聴いてみるのもいいかもしれません。
4. 夜の音楽(Az éjszaka zenéje)
「夜の音楽」は「戸外にて」の5曲のなかでも特に人気の高い曲で、ピアニストが演奏会でも単独でとりあげるほどです。
ハンガリーの夏の夜の自然音をまねたものとされていて、特徴的なのはヨーロッパの東側に広く生息するヨーロッパスズガエル、他には鳥やセミの鳴き声などがとりいれられています。
また、前半の途中に現われる穏やかなメロディーは讃美歌、あるいは讃美歌をもとにしたメロディー(コラールといいます)で、後半に現われるやや高音のコロコロとした短いメロディーは農夫の吹く笛の音をまねたものとされています。
注目したいのは、カエルや鳥の鳴き声などが規則的にバランスよく配置されているわけではない点です。コラールでさえ、合間に別の音が入ってきます。さらには後半にコラールが2度目に現われると、すぐあとに農夫の笛もかぶさってきます。自然の音が楽譜の小節線や拍にあわせて鳴るわけではなく、偶然、鳥の声や農夫の笛が聞こえてくる様子がそのままのかたちで作曲されています。
こうした作曲は調和をなにより重んじた古典派音楽や、古典に人間の感情の流れをとりいれたロマン派音楽にはできなかったこと、近代音楽だからこそできたことだといえるでしょう。そしてこうした取り組みが現代音楽の発展へとつながっていきます。
5. 狩(Hajsza)
まさしく狩りのスピード感が表現された曲ですが、ここでもやはり打楽器的なピアノの演奏がポイントでしょう。
ちなみに狩りはクラシック音楽ではわりと多く登場するモチーフです。特にハイドンの交響曲第73番や弦楽四重奏曲作品1-1が知られているところでしょうか。バッハの「狩のカンタータ」もありますね。こうした作品と聴き比べてみるのもおもしろいかもしれません。
短くまとめ
今回は、太鼓や笛、生き物の鳴き声、あるいは農夫の笛、狩りといったモチーフとしての要素にも触れてきましたが、考えてみれば、それらは現代の日本ではもはや馴染みのないものかもしれません。
ただ、「戸外にて」(ハンガリー語の原題では Szabadban、英語では Out of Doors)のタイトルのとおり、アウトドアとまではいかなくても、自分の住む町で聞こえてくる音もまた、音楽作品になりうるというひとつの可能性にも触れられたのではないでしょうか。
最後にピアニストのことを少しだけ。今回紹介した動画で演奏しているのはハンガリーのピアニスト、コチシュ・ゾルターンです。古くからのクラシックファンでしたら“ゾルタン・コチシュ”ですね。シフ・アンドラーシュ、ラーンキ・デジェーとともに「ハンガリーの三羽ガラス」と呼ばれました。
コチシュは特にラフマニノフやリストで有名ですが、バルトークの作品においては、ハンガリー国立フィルやブダペスト祝祭管弦楽団とともに指揮者として管弦楽曲や協奏曲を手がけ、ピアニストとしてはピアノ独奏作品の全曲を録音し、CD8枚組の独奏作品全集もリリースされています。
2016年に惜しまれながらこの世を去りましたが、ピアニストとして、また指揮者としてもバルトーク作品の普及に力を注いだ数少ない音楽家の一人といえるでしょう。
