コーレ・ビョルコイ(テノール)、ペル・ドレイエル(指揮)、ロンドン交響楽団、オスロ・フィル合唱団/グリーグ:付随音楽「十字軍の王シーグル」
作曲:エドヴァルド・グリーグ(1843 – 1907、ノルウェー)
曲名:付随音楽「十字軍の王シーグル」作品22
グリーグといえば、やはり「ペール・ギュント」があまりにも有名でしょう。ご存じの方も多いと思いますが、「ペール・ギュント」は作家イプセンによる劇のための音楽です。その「ペール・ギュント」の約2年前、1870年から1872年にかけて、作家ビョルンソン(ノルウェー国歌の作詞者)による劇のための音楽として作曲されたのが、この「十字軍の王シーグル」です。
ちなみに「付随音楽」という言葉ですが、あまり聞き慣れないものかもしれません。基本的にクラシック音楽においては、主に演劇作品に付けられる音楽を指すことが多く、そのため「劇音楽」と表記されることもあります。「ペール・ギュント」もおなじように付随音楽として作曲されました。
「十字軍の王シーグル」はタイトルのとおり、十字軍を率いて戦ったノルウェーの王の話なのですが、ノルウェーからも十字軍が遠征に行っていたんですね。全然知りませんでした。
ノルウェーの王シグルズ1世が5000人の兵を率いて、1107年から3年かけて聖地エルサレムに赴き、戦闘に加わった後、また3年をかけてノルウェーに帰還したということなのだそうです。(参照→ ノルウェー十字軍 – Wikipedia)
さて、曲の構成は以下のとおりです。
それにしても「前奏曲」から非常に力強く勇壮です。どっしりと構えたテンポですので、中世の王の威厳や、絶大な信頼感といったものがよく伝わってきます。
そして「前奏曲」だけでなく「北国の民」「忠誠行進曲」「王の歌」でもおなじように勇壮で威厳を感じさせる曲が、この作品全体の骨格を担っているように思えます。
一方で、間奏2は短いながら軽やかな舞曲のようですし、全体でもところどころですが、民謡らしい土俗的な雰囲気も感じられます。しかし、さすがに題材が歴史ものですし、奇想天外な「ペール・ギュント」ほどバラエティーに富んでいるわけではありません。
おなじ付随音楽でも、「ペール・ギュント」がバラエティーに富んだ作品ならば、こちらは王シグルズ1世とノルウェー十字軍の勇壮さに焦点を当てた作品といえるでしょう。
ところで、グリーグは、若い頃に同年代の作曲家であるリカール・ノールローク(ノルウェー国歌の作曲者)の影響でノルウェー国民楽派へと傾倒していきます。そしてノルウェーの民謡をとりいれた作品を多く作曲しました。
ちょっと気になって調べてみたのですが、グリーグがこの「十字軍の王シーグル」を作曲した頃、あるいはグリーグがノールロークと意気投合した頃というのは、まだノルウェーはスウェーデンに支配されていて独立できていなかったんですね。ちなみに、王シグルズ1世の頃はデンマークに支配されていました。ノルウェーが独立を承認されたのはグリーグが亡くなる2年前の1905年のことです。
長年にわたってデンマークとスウェーデンに支配されていたわけですから、ノルウェーの人々のあいだでは、独立への希望も長年にわたって持ちつづけられたのだと思います。
ついつい「国民楽派=自国の民謡」と考えてしまうのですが、民謡をとりいれるというだけでなく、自国の歴史上の出来事や偉人を伝えるというのも、この「十字軍の王シーグル」が与えられた役割だったのかもしれません。