ナタリー・デセイ(ソプラノ)、パトリック・フルニリエ(指揮)、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団/オッフェンバック:オペラ「ホフマン物語」よりアリア「森の小鳥はあこがれを歌う」
作曲:ジャック・オッフェンバック
(Jacques Offenbach 1819 – 1880、ドイツ→フランス)
作品:オペラ「ホフマン物語」より第2幕 オランピアのアリア「森の小鳥はあこがれを歌う」(人形の歌)
Les contes d’Hoffmann, Act 2: Chanson d’Olympia. “Les oiseaux dans la charmille”
オペラのアリアというと、やはり紹介されるその多くはイタリアのオペラ・アリアかと思います。
そんななかでも、イタリアのオペラ・アリアにも引けをとらないアリアがフランスのオペラにもあります。今回は、作曲家オッフェンバックのオペラから超絶技巧が魅力の名アリアを一曲ご紹介したいと思います。
オッフェンバックと「ホフマン物語」
作曲家のオッフェンバックについては、名前を聞いたことがあるという方も多くいらっしゃるかと思います。オペレッタ「天国と地獄」(正式には「地獄のオルフェ」)のいわゆるフレンチカンカンでお馴染みです。
オッフェンバックはもともとドイツに生まれましたが、10代前半でフランスのパリに移り住み、チェロを学びました。学業は長続きしませんでしたが、オーケストラのチェリストとなり、当時フランスで流行していたオペレッタ(喜歌劇)に親しみながら作曲も学び始めます。
オペラ「ホフマン物語」が作曲されたのは1875年からとされていますので、オッフェンバックが56歳のころでしょうか。それまでのあいだはオペレッタの指揮や劇場の経営、また「地獄のオルフェ」をはじめとするオペレッタの作曲と興行に明け暮れた音楽人生といえるでしょう。
残念ながら「ホフマン物語」はオッフェンバックが完成させる前に亡くなってしまったので未完に終わり、その後さまざまな作曲家によって補筆され、上演されています。
ちなみに、「ホフマン物語」の原作はドイツの詩人・小説家として知られるE・T・A・ホフマンの小説です。ホフマンは多才な人で、裁判官でありながら幻想文学の創作でたいへんな人気を得ました。作曲もしていて、実はその作品はCDでもリリースされています。
「ホフマン物語」のストーリーは、主人公である詩人ホフマンが失恋を繰り返すという内容で、今回ご紹介するオランピアのアリア「森の小鳥はあこがれを歌う」のオランピアは、主人公ホフマンが恋に落ちる女性のひとりです。とはいっても、実は不思議なめがねをかけたホフマンにだけ生きているように見える機械仕掛けの人形です。こういった設定にもE・T・A・ホフマンの幻想的な要素が反映されています。
オランピアのアリア「森の小鳥はあこがれを歌う」の聴きどころ
このオランピアのアリアは、オペラ「ホフマン物語」のなかの名アリアというだけでなく、オペラというジャンルにおいても人気のあるアリアといえるでしょう。
それは「コロラトゥーラ(超絶技巧)」を楽しめるアリアでもあるからです。コロラトゥーラでもっともよく知られているアリアはモーツァルトのオペラ「魔笛」のなかの「夜の女王のアリア」でしょうか。
コロラトゥーラの特徴とされるのは、細かく速い音程の変化、トリル、音程の跳躍などの技術の高さです。
オペラの歌唱では、ソプラノやテノールの音域でどこまで高い音が出せるかという点に注目が集まることがありますが、コロラトゥーラはそれとはまた別の技術といえるでしょう。
さて、「ホフマン物語」のなかのオランピアのアリアの原題は “Les oiseaux dans la charmille” です。アリアの歌詞の最初の一節からとられたものです。
日本語のタイトルはこれを訳して「森の小鳥はあこがれを歌う」、あるいは「生垣に小鳥たちが」「垣根の小鳥たち」といったタイトルがこのアリアにつけられていますが、どれも同じ “Les oiseaux dans la charmille” のことです。
このアリア「森の小鳥はあこがれを歌う」では、もちろん細かく動く音程や音の跳躍などのコロラトゥーラを楽しめるのが魅力ですが、スタッカートやフランス語の響き、ソプラノの高音もあいまって、まるでオランピア自身が小鳥のさえずりをかなでているようにも聴こえるのではないでしょうか。
また、オランピアは機械仕掛けの人形ですから、歌の途中でゼンマイが切れてしまうのもおもしろいところです。途中の「ギー、ギー」といった効果音はゼンマイのネジをまわす様子を表していますが、こういったコミカルでユーモラスな演出を施すあたりも、オペレッタ(喜歌劇)で人気を集めたオッフェンバックならではといえるでしょう。
最後に
最後に、今回ご紹介したオランピアのアリアを歌っているナタリー・デセイに触れておきましょう。
ナタリー・デセイはフランスの声楽家です。1990年代に「ホフマン物語」のオランピア役、モーツァルトの「魔笛」の夜の女王役でソプラノ歌手として一躍有名になりました。
ここでご紹介したオランピアのアリアは1996年にリリースされたCD「フランス・オペラ・アリア集」に収録されています(当時の国内盤には「ナタリー・デッセー」と表記されていました)。
ナタリー・デセイの(当時の)特徴は、コロラトゥーラを駆使できる歌唱力と、スマートな、けして個性が強いとはいえない、あるいはニュートラルな声質という点でしょうか。個性的というよりも反対に「透明度が高い」「クリアな声質」という言葉がナタリー・デセイを評するときによく使われているように思います。
また、フランス語のオペラや歌曲の歌唱では“R”を巻き舌で発音することが当たり前のようにおこなわれてきましたが、巻き舌を使わずにフランス語話者と同じ発音で歌うのも、スマートな印象を与える特徴のひとつかもしれません。
一方で、ナタリー・デセイはもともと演劇を学び俳優としてキャリアをスタートしていますので、歌唱だけでなく演技力も要求されるオペラ歌手としてのパフォーマンスも高く評価されています。コロラトゥーラと演技力で評価され、しかし声質はクリアで押しが強くない、というのもなかなか興味深いのではないでしょうか。
特に「ホフマン物語」のオランピアは機械じかけの人形ですから、人形としての演技をしながら高い歌唱力を発揮するナタリー・デセイが注目を集めたのは当然のことかもしれません。
ただ、2000年代に入ってから声帯の手術を繰り返し、残念ながらオペラからは引退しましたが、その後はジャズやミュージカル、また舞台俳優へと活躍の場を移しています。
