ベンジャミン・ハドソン(ヴァイオリン、ヴィオラ)、ユルゲン・クルーゼ(ピアノ)、セバスティアン・クリンガー(チェロ)/ペルト:鏡の中の鏡
作曲:アルヴォ・ペルト(1935 – 、エストニア→オーストリア)
曲名:鏡の中の鏡(Spiegel im Spiegel)
ペルトはエストニア生まれの作曲家で、初期には前衛的な手法を使っていましたが、のちに西洋音楽の原点ともいえる教会音楽への回帰を志したため、宗教色の強い作品がよく知られています。静謐で瞑想的な作風のため、ヒーリング効果が得られるとして日本でも人気を集めています。
この「鏡の中の鏡」も、静謐な作品として人気の高い作品といえるでしょう。お聴きになるとわかると思いますが、きわめてシンプルに書かれています。
試しに弦楽器の音を抜き出してみると、
G – A
B♭- A
F – G – A
C – B♭- A
G – F – E – A
B♭- C – D – A
D – E – F – G – A
E – D – C – B♭- A
という具合に、一音ずつ上がる、あるいは一音ずつ下がってフレーズができています。フレーズの最後は必ずA音に落ち着くという形になっていて、フレーズは上下行したあと一音ずつ増加していきます。
むずかしいという方のために、A音(ラの音)をゼロとして、A音より低い音をマイナス、A音より高い音をプラスとして数字であらわしてみると、
-1 0
1 0
-2 -1 0
2 1 0
-1 -2 -3 0
1 2 3 0
-4 -3 -2 -1 0
4 3 2 1 0
という具合になっています。こうすると、フレーズどうしが反射しているように見えます。
最後のふたつのフレーズもやはり、
G – A – B♭- C – D – E – F – G – A
B♭- A – G – F – E – D – C – B♭- A
-8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0
8 7 6 5 4 3 2 1 0
というように、鏡で映したかのように上行と下行とが反射しています。
一定の法則にのっとって繰り返したり、音が追加されていくのはミニマル・ミュージックの特徴で、ペルトもミニマル・ミュージックの作曲家とされることもあるようですが、しかし、この「鏡の中の鏡」はきわめて厳格に、ストイックに作られているといえるでしょう。
ちなみに、こういった一音ずつ(あるいは半音ずつ)上行する音階に対してキリスト教における「昇天」を象徴させることがあります。また、この作品でピアノが演奏する分散和音はいわゆる三和音なのですが、この「三」に対して「三位一体」を象徴させることもあります。
ペルトがそこまで象徴させているかどうかは知らないのですが、上行することの「昇天」と、下行することのいわば「悲嘆」を行ったり来たりするような、あるいは「天上」と「地上」のふたつの世界のなかを漂っているという見方もできるでしょうし、そこに前衛的な手法を捨てて古来の教会音楽に道を求めたペルトという人を重ねるといった見方もできるかと思います。