アンドリス・ネルソンス(指揮)、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団/ショスタコーヴィチ:交響曲第4番
作曲:ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ
(Dmitri Dmitriyevich Shostakovich 1906 – 1975、ロシア)
曲名:交響曲第4番ハ短調 作品43
(Symphony No.4 in C minor, Op.43)
ショスタコーヴィチの作品を聴いたことがなくても、クラシック音楽に興味をもった方なら名前だけは知っていたりするのではないでしょうか。
ショスタコーヴィチは、ロシアの作曲家としてだけでなく、近代音楽における作曲家としてもたいへん重要な作曲家ということも知っておいてよいと思います。しかし、どうでしょう、ショスタコーヴィチの音楽には「難しそう」「いかつい」「ものものしい」といったイメージもあるかもしれません。
名曲集にはショスタコーヴィチの交響曲第5番や第7番「レニングラード」がよく登場しますが、とりわけショスタコーヴィチの場合は、そこから次に進もうとしても、何を聴いたらいいのかよくわからない、と悩んでしまうのではないでしょうか。
さて、ショスタコーヴィチの交響曲は全部で15曲ありますが、ショスタコーヴィチの作品がソビエト連邦の歴史のなかで、あるいは歴史に翻弄されながら作曲されたことはクラシックの世界ではよく知られていることと思います。
今回紹介する交響曲第4番は、1935年から1936年にかけて作曲されました。しかし、政権側から圧力を受け、それから25年ものあいだ、演奏の機会を得ることができなかったという特異な作品です。ショスタコーヴィチはこの後、交響曲第5番を1937年に作曲することで名誉は回復されるのですが、それでも交響曲第4番は1961年12月に初演されるまでのあいだ、ずっと演奏されることができませんでした。
現代の日本ではあまりピンとこないかもしれませんが、作曲家の作品が政権から非難されて演奏ができなくなるなんて、とてもおそろしいことですね。
交響曲第4番 (ショスタコーヴィチ) – Wikipedia
この曲にもいくつも聴きどころがありますが、なによりも触れておくべきは第1楽章の中間で突如現れる高速のフガートでしょう。
フガートは、厳密につくられていないフーガを指します。この曲の第1楽章の中間あたりで、突然、第1ヴァイオリンがものすごいテンポでフレーズを演奏し、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、チェロと、次々に他の弦楽器のパートがそれを追従します。
楽譜を見ると、この箇所は「Presto(急速に)♩=168」とあります。洋楽などを聴いている方には「BPM168」と書いた方がより伝わるでしょうか。ご興味がある方はメトロノームの動画などで確認していただくと、この1拍で4つ音を演奏することのすごさがよくわかるのではないかと思います。
この第1楽章に現れたフガートですが、第2楽章にもおなじような作曲技法であるカノンが出てきます。弦楽器、フルートやクラリネットで演奏されるのですが、そもそもこのフーガやカノンは、ショスタコーヴィチの時代の200年も前に生きたバッハが得意とした技法でした。こうした技法が、時代が変わっても受け継がれているのを楽しむことができるのはクラシック音楽ならではかもしれません。
少し前後してしまいますが、第1楽章の最初のフレーズ(テーマ)は、この楽章のなかで何度か形を変えて登場します。
音楽用語では「ソナタ形式」といいますが、最初の特徴的なフレーズ(第1主題)や、その次に出てくる別の特徴的なフレーズ(第2主題)を楽章のなかで形を変えて扱われるのがソナタ形式のひとつの大きな特徴です。
ショスタコーヴィチの交響曲第4番の第1楽章では、このフレーズ(主題)が3つあります。ソナタ形式はベートーヴェンなどの古典派の時代からずっと使われている作曲形式です。
主に第1楽章で使われますので、特徴的なフレーズが出てきたら、そのフレーズが次にどんな形になって出てくるかを聴くのも、クラシック音楽の聴き方のひとつとしておぼえておいてもいいかもしれません。
また、この交響曲第4番では、ショスタコーヴィチが熱中したマーラーの作品がところどころに引用されています。
こうしたリスペクトやパロディーが作品のなかに仕込まれているのを知るのもまた、音楽の楽しみのひとつでもあるでしょう。
弾圧の危機と隣り合わせになりながら、それでも自身の作曲家精神を失うことなく作品をつくり続けたショスタコーヴィチ。この交響曲第4番は、そうした創作の情熱に触れることのできる作品といえるでしょう。
ここで紹介した動画で指揮をしているのはラトヴィア生まれの指揮者、アンドリス・ネルソンスです。若いときから欧米の有名なオーケストラを渡り歩いた実力者で、2020年にはウィーンフィルのニューイヤー・コンサートでも指揮を務めた注目株です。