クリストファー・ホグウッド(チェンバロ、指揮)、エンシェント室内管弦楽団/ヨハン・シュターミッツ:交響曲 ニ長調 作品3-2
作曲:ヨハン・ヴェンツェル・アントン・シュターミッツ(ヤン・ヴァーツラフ・アントニン・スタミツ)(1717 – 1757、ボヘミア→ドイツ)
曲名:交響曲 ニ長調 作品3-2
ヨハン・シュターミッツはもともとボヘミア(現在のチェコの西部・中部)に生まれた作曲家・ヴァイオリニストで、ドイツのマンハイムに移ったあと、マンハイム楽派という一大ムーブメントを興した人物です。
1750年にJ・S・バッハが亡くなったことで音楽史的にはここでバロック時代が終わるとされているのですが、そこから古典派に移る前に、厳密には「前古典派」と呼ばれる時代区分が存在します。マンハイム楽派はその前古典派の代表格ともいえるでしょう。
マンハイム楽派、および前古典派の特徴として「交響曲」の発展が挙げられますが、この発展に大きく関わったのがヨハン・シュターミッツです。
そもそも「交響曲」は、だいたい1750年あたりにイタリアでオペラの序曲を演奏会用に単独で演奏するようになったのが発端といわれています。このときはまだ「交響曲(シンフォニー)」ではなく「シンフォニア」と呼ばれていましたが、それでも随分人気を博したようです。
そして、こうしたシンフォニアの人気がドイツやオーストリア、フランス、イギリスへと広がっていったのですが、この動きを受けてヨハン・シュターミッツはドイツのマンハイムでシンフォニアから「シンフォニー(交響曲)」への発展を促進させました。
ヨハン・シュターミッツをはじめとするマンハイム楽派の特徴はとにかく明快で聴きやすいことです。さらに独自の作曲手法で工夫をこらし、聴き手の心をとらえていきました。
たとえば、低音部でおなじフレーズを繰り返しながら主旋律のフレーズが上昇していくマンハイム・ローラー、オーケストラ全体でクレッシェンドするマンハイム・クレッシェンド、分散和音が急激に上昇するマンハイム・ロケットといった独自の手法はマンハイム楽派ならではの魅力です。
さて、イタリアから伝わってきた「シンフォニア」の大きな特徴は、いわゆる「急 – 緩 – 急」の3楽章で構成されている点にあるでしょう。ドイツに伝わってくるとヨハン・シュターミッツも3楽章のシンフォニアを作曲しています。
ここでさらにヨハン・シュターミッツは、マンハイム楽派の独自の手法も織りまぜながら、第3楽章に3拍子のメヌエットを置いて4楽章構成にしました。こうして楽曲として完成度を高めたものを「シンフォニア」ではなく「シンフォニー(交響曲)」としたわけです。
4楽章構成にバージョンアップされた交響曲は完成形として人気を呼び、やがて、ハイドンやモーツァルト、さらにはベートーヴェン、シューベルトらに踏襲されていくことになります。
この作品3-2は1750年から1754年のあいだに作曲されたそうです。その数年後の1757年頃に「交響曲の父」と称されるハイドンが交響曲第1番を作曲し(3楽章構成ですが)、そのまた数年後の1764年頃にモーツァルトが交響曲第1番を作曲します(これまた3楽章構成ですが)。
年末になると必ず演奏されるベートーヴェンの「第九」や、千人近くもの人数を要するマーラーの「千人の交響曲」など、多くのファンが楽しむ交響曲ですが、そんななかでヨハン・シュターミッツのこの作品はマンハイム楽派の魅力を伝える曲というだけでなく、交響曲の「萌芽」とでもいうべき存在として知っておいていいかと思います。
少し長くなりましたが、最後に演奏陣を。クリストファー・ホグウッドはイギリスの指揮者、チェンバロ・オルガン奏者です。60年代から70年代にヨーロッパでおこった古楽器演奏の流れに大きく貢献した一人としてよくご存じの方も多いと思います。ホグウッドが創設し率いたエンシェント室内管弦楽団のCDも数多く残っていますので、気になった方はぜひ聴いてみてください。