ワグネル・ポリスチュキ(指揮)、サンパウロ交響楽団/ヴィラ=ロボス:バキアーナス・ブラジレイラス第4番(管弦楽版)
作曲:エイトル・ヴィラ=ロボス(1887 – 1959、ブラジル)
曲名:バキアーナス・ブラジレイラス第4番(管弦楽版)
ヴィラ=ロボスはブラジルの作曲家です。クラシック音楽においては、ブラジルのみならず南米を代表する作曲家ともいえるでしょう。そして「バキアーナス・ブラジレイラス」はヴィラ=ロボスの代表作としてよく知られています。
「バキアーナス・ブラジレイラス」は、“バッハ風のブラジル音楽”といった意味で、ブラジルの音楽を素材にして、バッハの時代のような組曲になっていたり、バッハが得意とした作曲手法が用いられていたりする作品です。
以前はよく「ブラジル風バッハ」と表記されていましたが、“ブラジル風”ばかりが強調されてしまうこともあって、現在では原題のまま「バキアーナス・ブラジレイラス」と表記されることが多くなりました。
「バキアーナス・ブラジレイラス」は全9曲の連作ですが、第1番は8台のチェロ、第3番はピアノとオーケストラ、第9番は無伴奏合唱または弦楽オーケストラといったように、曲ごとに演奏する楽器の編成が異なるのも大きな特徴です。
ここでとりあげる第4番は、1930年から1936年にかけてピアノ作品として作曲され、1941年にオーケストラ用に編曲されました。
第4番の構成は以下のとおりです。
- Prelúdio: Introdução 前奏曲(序奏)
- Coral (Canto do sertão) コラール(奥地の歌)
- Ária (Cantiga) アリア(カンティガ/恋歌)
- Dança (Miudinho) 踊り(ミウジーニョ)
それぞれの日本語訳は以下のサイトから引用しました。
さきほど、「バッハの作品のような組曲になって」いると書いたので、少し組曲のことに触れておきます。
組曲(suite)はバッハの生きていたバロック時代に生まれて、多くの作曲家に作曲されました。原則的には、たいてい4種類の舞曲を入れることが基本の構成となっていて、冒頭に前奏曲や序曲を入れることもあります。そして、これらの曲を組みあわせてひとつの作品としたために「組曲」といいます。
前回のパーセルの「妖精の女王」でも触れましたが、バロックよりもあとの時代、特にロマン派以降では、長大な作品から数曲を集めてまとめたものを「組曲」と呼ぶこともありますが、バロック時代の「組曲」とは成り立ちが異なります。
では、9曲ある「バキアーナス・ブラジレイラス」はどうなっているかといえば、ほとんどの曲が「組曲」に近い構成になっていて、なおかつ、バッハが得意としたトッカータやフーガが入っている曲もあります。
さて、第4番のなかでは「前奏曲」が聴きやすいかと思います。哀愁のあるメロディーが印象的で、2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの開会式でも使用されています。弦楽器のみでこのメロディーが展開されていきます。最後の一音に少し違和感をおぼえるように聴こえるでしょうか。
続く「コラール」も流麗で、後半はティンパニが加わってスケールが大きくなります。コラールはバッハ好きの方にはおなじみですが、おおまかには、ドイツのルター派教会が推し進めたドイツ語の讃美歌と考えてよいかと思います。バロック時代のドイツではこのコラールを作曲したり、オルガン用に編曲することがおこなわれました。バッハの有名な「目覚めよ、と呼ぶ声あり」や「主よ、人の望みの喜びよ」はいずれもコラールとして作曲されました。
一方、ヴィラ=ロボスは第2曲のコラールに「Canto do sertão」と副題をつけています。いろいろ訳してみると「奥地の歌」とか「裏山の歌」といった意味になるようで、Wikipediaでは現時点で「薮の歌」と訳されています。
また、 sertão(セルトン)は、ブラジルの北東部にある乾燥地帯の一地域の名前でもあります。伝統色が強く、過酷な気候や、人種差別や貧困といった社会的要因から生まれた音楽(ノルデスチ)も存在します。
この第2曲にただよう哀愁も、もしかしたらそういった風土からくるものかもしれません。冒頭のオーボエで演奏されるメロディーをもとにして、伴奏が次第に力強く変貌していきます。この第2曲は、シロフォンやチェレスタ、フルートによって「♭シ」の音が一定間隔で鳴らされているのも印象的ですが、どういう意味が含まれているでしょうか。
第3曲は「アリア」ですが、これもバッハの作品にはおなじみです。「ゴールトベルク変奏曲」のアリア、また“G線上のアリア”で知られる「管弦楽組曲」第3番の第2曲「エア」が有名です。副題は「カンティガ」ですが、個人的には、つい中世イベリアの「聖母マリアのためのカンティガ集」を思い浮かべてしまいますが、もともとは単に“歌”という意味です。
原曲のピアノ版の楽譜では、この第3曲に「カンティガ」という副題の他に「sobre um tema do Nordeste」と表記されている版がありますが、これは“ノルデスチ(ブラジル北東部)のテーマにもとづく”という意味です。
冒頭にクラリネットで演奏されるメロディーがそのノルデスチのテーマ、つまり北東部に伝わる歌をモチーフにしているということでしょう。ちなみに、先ほどの「コラール」で触れた地域「sertão(セルトン)」はこのノルデスチ(北東部)の中央部に位置しています。
このテーマが、クラリネット、弦、ホルン、イングリッシュホルンと次々と他の楽器に渡されていきますが、弦楽器が2回目を演奏しているときにフルートとオーボエが別のメロディーを演奏しはじめるあたりは、バッハが得意とした対位法にならっているでしょうか。
この直後にテンポが速くなり、ピッコロとオーボエが演奏するテーマはメロディーこそ変わりませんが、細かい音型に変わっています。このあたりは変奏曲への意識が垣間見えるといえるかもしれません。ここへ金管勢が加わってくる頃には、リズムが複雑になってカオスっぽく聴こえるあたりもこの曲の聴きどころでしょう。
第4曲の「ダンサ」は文字どおり“踊り”で、「ミウジーニョ」はサンバで踊られるダンスの一種で、細かいステップを踏むのが特徴とされています。このサンバはブラジル北東部のバイーアにいたアフリカ人奴隷たちの音楽が発展したものといわれています。
「ダンサ」では、特に弦楽器が延々と細かい音型のフレーズを演奏しているあたりが、やはりサンバの細かいステップを連想させるでしょうか。さまざまな楽器によってめまぐるしく展開されるので、オーケストラならではの色彩感が楽しめるかと思います。
さて、長くなってしまいましたが、ヴィラ=ロボスがバッハやバロック音楽の枠組みを利用しつつ、素材としてのブラジル音楽を、古典派でもロマン派でもないやり方でどう展開させたか、なんとなくですがふり返ってみました。
最初のほうでも書きましたが、この第4番はもともとはピアノ独奏のための作品でした。ピアノ版はもっと構造がシンプルに聴こえますので、興味がありましたらぜひオーケストラ版と聴き比べてみてください。