雅楽「越天楽」

宮内庁式部職楽部/平調 越天楽 ~残楽三返~

作曲:不詳(900年代前半以前 日本)

曲名:越天楽(Etenraku)

クラシック音楽でもっとも古いものというと、9世紀から10世紀にかけて発展したグレゴリオ聖歌までさかのぼることができます。

日本の「クラシック音楽」、すなわち伝統音楽をさかのぼるなら、その源流には雅楽があるといえるでしょう。

その雅楽の代表的な曲のひとつが今回とりあげる「越天楽(えてんらく)」です。越天楽は「越殿楽」と書くこともありますが、ここでは「越天楽」と表記していきます。

雅楽のことを少し

・歴史

雅楽は平安時代に完成されたといわれています。それ以前から日本には祭祀や宮廷儀礼にかかわる音楽は存在していたとされていますが、400年代(5世紀)以降に中国大陸や朝鮮半島などから伝わった音楽が次第に体系化されて、奈良時代と平安時代前期に雅楽として整えられたようです。

ここでは簡単に書くだけにとどめておきます。もしご興味がありましたらこちらをご覧ください。

 雅楽 GAGAKU|文化デジタルライブラリー
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc22/index.html

・雅楽の種類

雅楽は伝承元や演奏様式によって以下のように分類されています。

  • 国風歌舞(くにぶりのうたまい、くにぶりかぶ)…日本固有の歌舞が元になっている。御神楽(みかぐら)、東遊(あずまあそび)、久米舞(くめまい)などがある。
  • 唐楽(とうがく)…中国から伝来した音楽で雅楽のなかでもっとも一般的。
  • 高麗楽(こまがく)…朝鮮半島から伝来した音楽と、現在のロシアの極東沿海地方である渤海から伝来した音楽が日本で再編されたもの。狛楽とも表記される。
  • 管絃(かんげん)…器楽合奏の雅楽。管弦とも表記される。
  • 舞楽(ぶがく)…舞をともなう雅楽。
  • 催馬楽(さいばら)・朗詠(ろうえい)…催馬楽は日本の民謡や世俗歌を伴奏にあわせて歌うもの。詩吟と似ている朗詠ともにどちらも歌物。

今回紹介する「越天楽」は、このなかでは管絃にあたります。

また、平安時代中期から鎌倉時代にかけては後から歌詞をつけて歌物として演奏・歌唱する「今様(いまよう)」が流行しました。「越天楽」の歌物バージョンである「越天楽今様」も演奏される機会が多いようです。

・楽器

「越天楽」も含まれる管絃では主に以下の楽器が使われます。

  • 笙(しょう)
  • 篳篥(ひちりき)
  • 龍笛(りゅうてき)
  • 楽琵琶(がくびわ)
  • 楽箏(がくごと・がくそう)
  • 羯鼓・鞨鼓(かっこ)
  • 太鼓(たいこ)
  • 鉦鼓(しょうこ・しょうご)

国風歌舞や舞楽など、他の雅楽では別の楽器が使われて編成が変わります。

越天楽について

雅楽のなかでもっとも知られている曲である「越天楽」ですが、じつは作曲された経緯などははっきりとわかっていません。

ただ、931年から938年にかけて編纂された辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』を江戸時代に書写した『元和古活字本』の巻四には、平調で演奏される楽曲として「越天楽[一本天作殿]」と記載されています。

 二十巻本和名類聚抄[古活字版] | 日本語史研究用テキストデータ集 | 国立国語研究所

https://www2.ninjal.ac.jp/textdb_dataset/kwrs/

https://www2.ninjal.ac.jp/textdb_dataset/kwrs/txt/kwrs-004.txt

ですから、930年代にはすでに雅楽のなかの一曲として確立されていたことはたしかです。

ちなみに「一本天作殿」についてはわかりませんでした。

平調と六調子

ところで『元和古活字本』のなかに「平調」という言葉が出てきました。これは「ひょうじょう」と読みます。

管絃で演奏される唐楽には「六調子」と呼ばれる調があって、平調はそのうちのひとつです。

六調子には以下の6つがあります。

  • 壱越調(いちこつちょう)
  • 平調(ひょうじょう)
  • 双調(そうじょう)
  • 黄鐘調(おうしきちょう)
  • 盤渉調(ばんしきちょう)
  • 太食調(たいしきちょう)

それぞれの調子によって雰囲気が変わりますので、クラシック音楽のハ長調やロ短調などの調と同じようなものと考えるとよりわかりやすいのではないでしょうか。

「越天楽」は主に平調で演奏されることが多いようですが、元は盤渉調だったという説があることから盤渉調で演奏されることもありますし、その他には黄鐘調で演奏されることもあるようです。

残楽三返という演奏方法

冒頭で紹介した宮内庁式部職楽部の演奏による動画には越天楽のタイトルに「残楽三返(のこりがくさんべん)」と付記されています。

この「残楽三返」は、曲を3回演奏して、そのうちの2回目は楽器を減らし、3回目はさらに楽器を減らすという演奏方法を指します。

日本雅樂會のサイトに詳しい解説がありますので以下、引用します。

演奏方法は、まず笛の音頭が一人で吹き始め、普通の管絃の演奏と同じ手順で、打物、笙、篳篥、笛、琵琶、筝が加わり、越殿楽の曲の一返目を演奏します。一返目が終わると打楽器と笛、篳篥、笙の助管、及び琵琶の助絃は演奏を止めます。

二返目は笛、篳篥、笙、琵琶の音頭の一人ずつと筝だけが残り演奏を続けます。この二返目の途中で笙が止めます。

三返目の始めのほうで笛が止めます。ここから篳篥と筝と琵琶の演奏となり、筝は普段の合奏ではしない輪説という変化に富んだ手を奏します。

篳篥は筝の演奏の合間を縫うようにメロディーを断続的に演奏します。やがて篳篥も琵琶も止めて筝だけの演奏となり、最後は主筝一人が残り終わります。

 越殿楽残楽三返(えてんらくのこりがくさんべん)| 曲目解説 | 雅楽について | 日本雅樂會

https://www.nihongagakukai.gr.jp/about_gagaku/track.html#trk_04

この演奏方法によって、一度目の演奏では合奏を、そして二度目以降は、主旋律を担う篳篥と、それを補う龍笛や、合いの手を入れるような筝と琵琶の音色や演奏技術をよりはっきり聞こえる状態で堪能することができるというわけです。

「越天楽」の聴きどころ

まずは、聴きとりやすい主旋律の篳篥とその他の楽器との関係性に注目して聴いてみるとよいかと思います。

この宮内庁式部職楽部の録音をヘッドホンやイヤホンで聴くと、琵琶が右チャンネル、筝が左チャンネル、笙や篳篥、龍笛は中央に配置されていて、その他の楽器も含め、それぞれの楽器が聴きとりやすくなっているのがわかるかと思います。

たとえば龍笛は、最初は篳篥とともに主旋律を吹いていますが、しだいに主旋律から離れて独自の旋律を演奏していきます。

筝は篳篥に合いの手を入れるかたちで分散和音のような演奏がされていますし、琵琶もまた渋い音色を響かせながら拍のアクセントを強調しているのがわかるかと思います。

また、雅楽の演奏には指揮者がいない点も挙げておくべきでしょう。西洋音楽でも少人数のアンサンブルなら指揮者はいませんが、アンサンブルでよくおこなわれるアイコンタクトや身振りが雅楽ではほぼおこなわれません。打楽器である羯鼓(かっこ)に演奏の速さをあわせたり、それぞれの演奏者がお互いに間合いを感じとりながら演奏していることに留意して聴いてみるのもいいかもしれません。

「越天楽」とクラシック音楽

最後に「越天楽」がいかに日本のクラシック音楽に受け継がれているかを少しだけ紹介して終わりましょう。

作曲家・編曲家、また指揮者としても活躍した近衞秀麿は盤渉調の「越天楽」を西洋のオーケストラで演奏できるように編曲しました。有名な指揮者であるレオポルド・ストコフスキーがこれをとりあげて録音したことで「越天楽」や雅楽がアメリカやヨーロッパに知られるきっかけとなりました。

沼尻竜典(指揮)、東京都交響楽団/近衞秀麿:越天楽(オーケストラ編曲)

また、作曲家の松平頼則は、1951年に「盤渉調越天楽の主題によるピアノと管弦楽のための主題と変奏」を作曲しています。こちらはヘルベルト・フォン・カラヤンが録音した唯一の日本人作品としても知られています。

野平一郎(ピアノ)、高関健(指揮)、大阪センチュリー交響楽団

こちらの動画はこのサイト用に作成した再生リスト(YouTube)の1曲目です。そのまま全曲視聴できます。

「越天楽」の他にも、過去にこちらのサイトでもご紹介した伊福部昭武満徹をはじめ、日本の作曲家たちは雅楽から大きな刺激を受けてきたといえるでしょう。これを機にさまざまな雅楽の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。

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